新しい歌
「健気というか……俺なんかより、ずっと強い子だ」
「ええ、私なんかよりも」
「歌は小さい頃から?」
「何でも、亡くなったお父様から三歳の誕生日プレゼントに玩具のピアノを買って貰ったのがきっかけだって、彼女が言っていたわ。そのピアノを弾いて歌を歌うと、ご両親がものすごく喜んでくれたから、それが何よりも嬉しかったって」
「それが、あの子の音楽の原点なんだな」
那津子からの話を聞いていて、私の思い描いていた以上に、玲には人間としての奥深さがある事を知った。
人間の奥深さ……年齢を積み重ねたからといって、出来上がるものではない。又、地位や生まれ育った環境で備わるものでもない。ましてや、それぞれの持って生まれた部分だけで、作り上げられるものでもないと思う。
少しだけ、ほんの少しだけだが、香坂玲を知る事が出来たような気がした。
「あの子自身は曲とか書かないのか?」
「鼻歌で即興のメロディはよく口ずさんでいるみたい。でも、譜面にしたり、ちゃんと一曲の形にはした事ないんじゃないかしら。今は、詩を書く事の方が好きみたい。面白いのはね、もともとある曲に、自分で勝手に詩を付けて歌ったりするのよ」
あの子が詩を書いている。
ほんの僅かに揺らめく空気の流れから、人の気持ちを敏感に察する玲。
視覚を持たないままこの世に生まれはしたが、その分あの子には、我々が感じる事の出来ない世界を匂いや音、肌に触れる揺らめき等で感じ、想像の旅が出来るのではないだろうか。