新しい歌
「相変わらず騒々しい奴だな」
深海魚が苦笑いをしながら、浅倉に何を飲むかと尋ねた。
「一発目は何にしようかな。フーさんはいつもの通りっすね。俺も真似してみようかな」
私と同じ、フリージングされたショットグラスが彼の前に置かれた。
「お疲れさんっす!」
二杯目を注いで貰っていた私は、半分ばかりを飲んだ。
「それにしても、いつもひまな店ですよね」
「失礼ね、もう二、三時間位したら、あなた達の座る席なんか無くなるわよ。こんな宵の口から酔っ払おうなんていう不良中年はあなた達位なもんだから」
「へえ、どの時間に来てもこんな感じなんだけどなあ」
「そういう減らず口ばかり叩いているダイちゃんには、バツとしてキムチ出して上げない」
「そんなあ、清美さんごめんなさい。あのキムチ食べないと、ここに来た意味無いじゃない」
年中こうやって明るく振舞える浅倉が、私には羨ましく思えた。
互いに中年を過ぎながらも、その生き様に大きく差が付いてしまったかのように私は感じていた。
考えてみれば、今日の仕事にしても浅倉が手を回して私に振ってくれた事は明白だ。そうでなければ、誰が好き好んで私みたいな落ちぶれたギターリストを使うだろうか。今の時代、私よりも腕のいい若手のギターリストは、履いて捨てる程居るからだ。
なのに、私は恵んで貰った仕事に対し不満を募らせ、それを表に出していた。
聴く者が聴けば判る。どうでもいいような演奏。単に楽譜の音符通りに音を出しただけ。心の中に、たかがモデル崩れのミュージシャン気取りに、本気でギターを弾く気になんてなれないという気持ちがあったのだ。
浅倉は、私のそういった不満を察し、こうして誘ってくれたのかも知れない。
音楽家としての聴く耳は確かな奴だ。たいして難しいコードも弾いていなかった私から、浅倉は即座に鬱屈した心情を嗅ぎ取ったのだろう。昔からそういう事に敏感な男だった。