新しい歌
彼女は早く始めたくてうずうずしているようで、しきりにピアノを触り、音を出していた。
「玲ちゃん、よかったら幾つかコードを弾いてくれないか」
「うん」
玲のピアノに合わせて、私はチューニングを始めた。すると、Fの和音を弾いていた時に、玲が少し小首を傾げた。
「どうした?」
「これ、ずれてるよ」
二度、三度と弾いた。その度に、
「ほら」
と言うのだが、恥ずかしい話、私には調律が狂っているようには聴こえなかった。
キーボードが本職の心也にしても、そうかな?という表情をしている。
「ここ、この音階だよ」
そこでやっと心也にも判ったようで、
「すごいな、この程度の狂いなんか、普通聴き逃すぞ」
「還暦間近の俺達の耳じゃ、まともな音だって聴き分けられないぜ」
「ずれてるの、ぼくは全然気にしないけど、風間さん達は?」
「こっちは大丈夫だ。それで、曲は何をやる?」
「ううん……何にしようかな」
玲はスタジオの天井を見上げ、何かが舞い降りて来るのを待っているかのようだった。