新しい歌

「こんな感じで歌うんだよね」

 いきなり、玲は私の歌い方を真似し始めた。

 声こそ似ても似つかないが、私の癖をそっくり真似たものだから、深海魚が身を捩じらせて笑い転げた。

「玲ちゃんが俺達の曲を覚えてくれたとはな」

「心也さんの歌も好きだよ。『セプテンバー・ブルース』とか、最高にいかしてた」

 セプテンバー・ブルースは伏木心也のソロで、曲も彼が書いた。今日の心也はしかめっ面を蔵にしまい込んだようだ。

 滅多に見せない柔和な笑み。奴の本来の素顔がそこにあった。

「ねえねえ、今度は風間さんも一緒に歌ってよ」

「俺が?」

「うん」

「君が聴いた俺は、三十年以上前の俺だぜ。ここに居るオッサンとは別人だよ」

「そんなのどうでもいいの。風間さんと、『ラスト・レディ』歌いたぁい!」

 玲はしゃぎながら、ディキシーランドジャズのように、陽気な音を弾き、節を付けて繰り返し言った。

 モニタールームに居た那津子は、こんな玲を見るのは初めてだという表情をしていた。


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