新しい歌
久し振りに一人で電車に揺られたせいなのか、そんな事ばかりを考えていた。
窓に映る五十八歳の男。
昼日中に着るスーツにしては、余りそぐわない光沢を放ち、かなり白髪の混じり出した長い髪が、周りとの釣り合いを余計に拒んでいた。
まだ梅雨明け宣言が出されていないのが不自然に感じる程、空一面が碧かった。
右手になだらかな丘。左側は凪いだ海。
然程きつくない潮の香りが、身体の中の濁ったものを吸い出してくれるようだ。
久里浜駅からバスで更に二十分。降りたバス停から歩いて十五分。坂道を縫うように張り出していた木々が開けた先に、玲の暮らす施設があった。
愛光園と書かれた門の横で、那津子が手を振った。
南風でほつれ毛が彼女の頬をくすぐっていた。
ゆっくりと私の方へ足を踏み出し、殆ど化粧のしていない顔をにこりとさせた。
「私とデートする時でも、そんなにおめかししないのに」
生成りのパンツと淡いピンクのポロシャツ姿が、私の格好とまるで不釣合いで、何と無く気恥ずかしさを感じた。
「ちょっと場違いな格好だったかな」
「うふふ、貴方の恋人がさっきからお待ちかねよ」
那津子と肩を並べながら、建物の中を案内された。
施設には学校も付随していると、この時初めて知った。