ルシファーゼの伝言
「嘘。ほんとはね、一昨日なんだけど、クラスの友達がお見舞いに来たんだ。そのとき私がその友達に向かって花瓶を投げたの。花瓶はその子には当たらなかったけれど、その子はすぐに逃げて帰っちゃったんだ」
上坂さんは、白いシーツを掴んだ。か弱そうな小さな手に力を込めて。大人しそうな上坂さんが花瓶を投げたことに、僕は驚いた。
「なんでまた?」
「だって、だって。頭が痛いのは治ったんだけど、主治医の先生からいつ退院できるかわからないって言われてイライラしてて。そんなときに、友達がお見舞いに来て"早く退院できるといいね"って声をかけてくれたの。そのときに、なんだか自分でもよくわからなくなって。退院できるかどうかなんてまだわからないんだし。だから混乱しちゃって。それで投げちゃった」
「そうだったんだ」
「後から考えると、なにもその人は悪いことしてないのにね。なんで投げちゃったのかなぁ。その後は、友達も部活の人も全然こなくて。それから学校の人で、来たのは南君だけだし」
そういって、上坂さんはベッドに顔をうずめた。
「私、嫌われちゃったんだよね。あんなことしたから」
「大丈夫だよ。きっとその人も、わかってくれるよ。仲直りすればいいよ。他の人だって、ちょっと疲れているから心配してそっとしておいてあげようって思っただけだって。絶対に上坂さんのことを嫌いになったりしていないから安心してよ」
「ほんと?」
上坂さんは泣きそうな顔で僕の目を見た。時計の針が8時12分をさしていた。
「うん。ほんとだよ」
上坂さんの今にも泣き出しそうな表情が、みるみるうちに嬉しそうな表情に変わった。
僕は部屋の片隅においてあった観葉植物に視線を移した。
「ほんとだよ」
僕はまた、その言葉を繰り返した。今度はもっと優しげに。それを聞いた上坂さんは安心したみたいだった。しきりに頷いてから、僕にこう言った。
「よかった。南君が来てくれて。なんだか、昨日一日中、悩んでたことが馬鹿みたいじゃない。でもよかった。ありがとう、南君」