ブルー・フィールド
「去年、ちょうど一年前の事になるんだがな。あれも市大会直前の事だった」
兄北田は静かに語り始めた。
「去年の一年生、つまり俺達の同級生に、下中って子がいてな。下中も入部した時から先生には期待されていた」
下中……何か聞いたことがある名前だが。
「下中は立花先輩の後輩でな。専門がバックだったんだが、タイムとしては、市大会なら入賞の可能性があるって、かなり期待されていたんだ」
市大会なら、というのがうちの学校らしい、というか。
「下中は泳ぐのも速かったが、勉強もできた子でな。見た目も可愛らしいし、結構人気があったんだ」
ん? 勉強はあれだが、何か由美と被る印象だな。
「ただ、俺達4人は特にそういう面では意識していなかったけどな。近藤や井上はあれだし、俺や朝倉は年上派だし」
「はい?」
静かに聞こうと思っていたが、思わず声を出してしまう。
「なんだ? 何か変か?」
「いや、何でもないです」
普段の会話ならそこから瀬戸先輩の話しに流れるが、一応マジバナらしいんで、スルーしてもらおう。
「ただ、俺らの同級生に伏屋っていう奴がいてな。まあそいつは水泳が好きっていうより、女の子の水着姿が好きな奴だったんだがな」
いつの時代にも、その手の理由で水泳部に入る奴はいるんだな。
「伏屋が目を付けたのが下中だったんだ。下中は何より隙が有りすぎる子だったからな」
そこまで言うと、兄北田は残りのビールを飲み干した。
釣られて俺もビールを飲み干す。生ぬるくなっていて、この上なくマズイ。
「その話しが出てきたのが、期末試験前くらいだったかな。伏屋と下中がよく2人で一緒にいる、って噂が出始めた」
手早いな、伏屋って人。いや、俺も同じようなもんか。なら、標準的だな、と自己弁護。
「別に伏屋と下中が付き合うのは、問題は無かったんだが」
そこまで言うと、兄北田は口を止めた。