先生、男と女になれません。 -オトナの恋事情ー
また今度もそうならないといいなあ、なんて背筋を寒くしていたら後ろから応対の声が聞こえて来て、思わずキーを叩く手が止まる。


「はい、神崎です。どなた様で? 」
『原だけど、もしかして加瑚? 』
「そうです、神崎加瑚です。申し訳ありませんが、お引取り下さい、神崎は当社の専属ですし私の夫ですので仕事の選択は伴侶である私の仕事ですから」
『ちょっと待て、凄くいい話なんだ』


しかし加瑚は有無を言わせずにインターフォンを切り、僕に向けてこう叫んだ。


「亘理! これでいいか! 」


その顔は悔しさで歪んだり泣いたりしておらず、これまでに見た事の無い極上の笑顔を浮かべていて僕は思わず椅子から立ち上がり側へ向かい加瑚の体を抱きしめる。


虚弱で貧弱だけれど持てるだけの力で、これまでずっとずっと育てて来た愛を伝えるために。


彼女もまた僕の背中へ腕を回し、力を込めてしがみつく。


だからつい調子に乗ってキスをしようとしたら、思いっきり背中の柔らかい所をギュウッと摘み上げられてしまった。


「もう時間が無いんだからなっ! 早く書け」
「は、はひぃっ」


パッと腕を離して机へ戻る時、彼女の顔を軽くみやれば一瞬だけ反省したような表情になっているのに気づく。


もう少しだけああしていたかったのに、と言っているような顔。


だから急いでキーを叩いて完成させ、社へ戻るその前にもう一度だけあんな風に彼女を抱きしめてあげよう。


僕の思いと加瑚の思いをきちんと重ね合わせる為に。



       -END-
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