大好き‥だよ。
その頃の私は、必死にグランドに向かって走り続けていた。自転車を使えばそんなに遠くない距離だけど今はない。使えるものは陸上で鍛えたこの足だけだった。華代と違って短距離派の私にとって、この距離は苦しかったけど、でも一度も足を止めることなく懸命に走った。

グランドに近づくにつれて、アナウンスが聞こえてきた。

「‥回の表‥‥」

よく聞き取れなかったけど、まだ試合はやっている事が分かった。あと少しで俊チャンに逢える。その思いだけで頑張れた。


体が火照ってきて風が気持ちと感じ始めた頃、アナウンスが急にはっきりと聞こえてきた。正面を向くと、見慣れたベンチの周りにクラスの皆が集まっていた。

じゃあ、あのマウンドに?

目を凝らして見たけど、左手にグローブをはめていた。

って事は、右利きの人だよね?

息を整えながら周囲の動きに注意を払っていると、選手達は一斉にベンチに戻ってきた。アナウンスを聞き逃さないように聞き耳を立てた。

「9回の裏‥‥」

マウンドに向かう選手を見たら他の物は何も視界に入らなかったし、何も聞こえなかった。ただ一人の選手に釘付になった。

『俊チャン‥』

グランドに着いて最初に発した言葉は、「疲れた」でもなく「何回?」でもなく、大好きな人の名前だった。グローブにボールを投げたり、帽子を深くかぶる仕草一つ一つに胸がときめいた。

頑張って

思いを込めるように、両手を合わせて指を絡め顔に近づけた。


点差は1点。
この回をきっちり抑えれば、次の大会のキップを手にする事が出来る。でも、相手チームの打順は2番からだった。4番の人の体つきは中学生並みで、毎試合1本はホームランを打っているようだ。4番にホームランがでたら‥

頭を振って悪いシナリオを取り払った。

俊チャンなら大丈夫。あれだけ練習頑張ってたんだもん!!

いくら大声を出しても届くはず無いって分かってた。でも、声が擦れてもいいから今できる精一杯の力で応援をした。


「ストライーク、バッターアウト」

審判のジャッジ後、どよめきが起こった。そして‥

「試合終了、整列!!」

中央に集まり一礼をした。

勝ったチームも負けたチームも号泣していた。
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