大好き‥だよ。
『お疲れ様。指揮棒を振る俊チャン、なかなか様になってたよ』

『ありがとう』

そう言いながら、俊チャンは右手の人差し指で鼻の下を擦っていた。

この感じなんだか懐かしい。音楽会の練習が始まる前までの感覚を久しぶりに感じた。


『そうだ。今日は‥打ち合わせとかしないの?』

『えっ!?』

『あっ。ほら‥いつも田中さんと二人で‥』

『あ~‥ないと思う』

その言葉を聞いた瞬間、期待に胸が高鳴った。

『じゃあさ、久しぶりに一緒にか‥‥『俊!!』』

私の声が田中さんの声に消された。

『田中』

『俊!今から今日の反省会をしよう』

『あっ、でも俺‥いま結チャンと話してるし』

俊チャンと目が合った。目のやり場に困り、田中さんを見ると私を睨みつけていた。

『音楽会で3位以内に入らないといけないの。私の言いたいこと分かるよね?結』

自分の口から「俊と一緒にいたいの」などという理由は決して言わなかった。この状況で、何を一番に優先させるべきなのかを私に選択させた。

しばらく田中さんと目を合わせていると、背中がゾクゾクしてきて寒気を感じた。

『わ、私‥華代と帰る約束してたんだっだ。ごめんね。音楽会‥頑張ろうね。バイバイ』

『あっ!結チャン!!』

『俊、あっちに行こう!』

『‥‥‥』


私は華代の胸に飛び込んだ。

『結、大丈夫?』

少しの間震えが止まらなかった。

『よしよし』

華代は私の頭を優しく撫でてくれた。そのお陰で少し気持ちが楽になった。


『ありがとう華代。もう大丈夫だよ。‥帰ろっか』

『いいの?』

私は頷いた。すると、華代は私の左手を握った。嬉しかったので私たちはスキップして帰った。


『でもさ、どうしてあの時‥俊君以外は音楽室に戻ったんだろうね?』

『‥‥ねぇ‥』

一つの疑問だけが残っていた。
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