アタシタチノオウジサマ
 その日はそれで終わったんだけど、次の日からベンチで度々話しかけられるようになった。初めはちょっと嫌だったけど、話しくうちに良い人だと分かった。彼はタメだった。

 光君曰く、中1で太宰読むなんて珍しく、話相手を探していたらしい。いつしか、毎朝が楽しみになっていく自分がいた。



「『駆け込み訴え』読んだ?」



 ある日光君はいつものように話題を振ってきた。

「読んだ。太宰にもこんな小説あるんだなって思ったな。」

「そうだね。でも、俺はあれが一番好きかもしれない。」

「へえ。結構変わってるね。」

「何かさ、ユダの気持ちが自分に重なる気がするんだ。」

 光君はこれまで見たこともないような怖い表情をした。まるで誰かを憎んでるような。

「自分も愛してるし、相手にも愛されてる。だけど、あまりに愛しすぎるとそれが束縛になり、さらには憎しみに変わってしまう。人は誰しもユダと同じなんじゃないのかな?何て、俺はキリスト教じゃないんだけど。」

 いつもの表情に戻り、最後は冗談めかして笑った。だけど、この時の光君の表情は忘れられなかった。

「明ちゃんの親は優しい?」

「一般的な親かな。うちのお母さんの味噌汁、すごく美味しいんだよ。」

「そうなんだ。うちのはいつも濃すぎてしょっぱいんだ。まるで、濃い愛情を入れてますって感じ。」

「それだけ愛されてるってことじゃん。」

 その言葉であたしの降りる駅に到着し、あたしはごく普通にさよならをした。





 それが、永遠のさよならになるなんて思わなかった。

< 39 / 46 >

この作品をシェア

pagetop