傷、のちに愛



私だってそこまで馬鹿じゃない。

彼はきっとそんなつもりじゃない。

頭ではわかっていても、心がついていかない。

「…ごめんなさい」

なにに対して謝っているの?

彼に?
自分自身に?

「…和葉ちゃん。手、貸して」

気づくと車はとっくにアパートの前に止まっていて、彼はシートベルトを外しこちらに向き直っていた。

私はかすかに震える右手をおずおずと差し出す。

すると、彼の指が私の手の甲をなぞるように触れてきた。

「大丈夫、…俺の顔、ちゃんと見て」

言われるがまま、私は目線をあげる。

二人の指が絡まって一つにまとまる。
いつからか、震えが止まっていた。



.
< 55 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop