授 か り 人

 何の事か解らないまま、きびすを返そうとした雷志の体が動かなかった。
 正確には体が動かないのではなくて、両足が動かなかった。

「思い出して貰えたのですね!」

 心からの喜びを表情に表す彼女の体は、下半身が魚、つまり人魚の姿へと変わり果てていた。

 ぴちゃぴちゃと尾びれの先でいつの間に現れたのかどす黒い沼の表面を叩いている。
 その沼に足を取られていたのだ。
 風稀も同様に身動きがとれない。

「氷斗さん、早く元に戻ってくれないと、私たち困っちゃうんですよね」

 人魚の姿をした彼女はそう言うと、耳元から突きだした角を蛇のように伸ばし、その角先で氷斗をいたぶり始めた。
 瞬時に風稀が彼を庇うも、角に押され、沼の中に倒れ込んでしまう。

 両手も沼に絡め取られ、全く身動きがとれない。

 火栄はと言うと、危険を察知したのか、雷志の服の隙間に入って出てこなくなった。

 縦横無尽に動き回る彼女の角に捕まった氷斗は、頭の痛みに耐えながらも無言で彼女を睨み付ける。

「まだ思い出せていただけてないのでしょうか? 私を倒してくださった時の事を…」

 倒した?
 氷斗の思考が忙しく動く。
 激しく混乱した最中、ひとつの言葉を思い出した。

『森よ木々よ草花よ、我に力を与えたまえ!!!』

 その言葉を放った直後、彼の体は浮き上がり木々はざわめき、絡み付いた草花が剣となってその手に納まった。

「これ…は…。俺様、普通の人間サイズになってるし、何なんだよっ」

 疑問の解決よりも、この沼を支配している人魚を倒さなければ、授かり人様は助からなくなってしまうかもしれない。

 氷斗は大きな体で剣を握り、彼女に向かって突進した!!!
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