地味子の秘密*番外編*
しかし、目が覚めた杏樹は―――……陸のことが見えなくなっていた。

存在のことは覚えていても、姿かたちが全く見えない。


そんな中で、杏樹は陸に別れを告げた。

でも、陸は別れるどころか、『絶対に別れない。お前だけは手放したりしない』と言った。

その頃からだったか……。杏樹が日々ボーっと遠い目をしているようになったのは。

俺が話しかけても、上の空。


メシも食わなくなって、入院2週間でみるみると痩せた。


その2週間は、陸は一度も病室に現れなかった。

別れを承諾したのかと、思っていた矢先―――……。


『ったく。風邪引くだろーが……』


退院間近になって、杏樹のとこに来た。

ソファーでうたた寝をしていた杏樹を軽々と抱き上げて、ベッドに運ぶと愛しいというような目で寝顔を眺め、


『あと3日待ってろ』


そう言って、病室を出て行った。

病室に入ろうとして、陸がいることに気付いた俺は、その場面を入り口のところから見ていた。

陸がいなくなったことを確認して病室に入ると、


『……り……く……陸……』


寝言でヤツを呼ぶ杏樹がいた。

寝ていても、陸を求めている。

アイツが来てくれることを望んでいる。

ベッドに近寄り、杏樹の頭を撫でると、


『陸……いっちゃ……ヤダ……』


俺の指を掴んで、そう言い、わずかに涙を流していた。

その時に悟った。


『コイツが本当に好きなのは、アイツだ』


俺と一緒にいても、コイツの頭の中はヤツのことだけ。

俺を求めてくるのは、近くで自分を見ていてくれる存在だから。

けど、根っこの部分で、コイツは陸を求めている。

『杏、おいで』

そうヤツに腕を広げて言われたら、コイツは迷わず飛び込んでいくはずだ。

杏樹が俺のもとから去るのは、近いかもしれない。

ヤツの名前を呼ぶ杏樹を見て、そう感じた。


< 171 / 381 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop