お兄ちゃんの話
「・・・やっぱ俺から言う。」
「・・・え」
「お前このままじゃ、きっと言えない。兄ちゃんが死ぬまで兄ちゃんに言えない。兄ちゃんがお前のこと忘れる前に言えない。」
にいちゃんが、お前のこと忘れる。
忘れる。
ワスレル。
「いいか?よく聞けよ?」
医者は私の両肩をつかんで私の目をじーっと見つめて言いました。
「前も言ったけど今の医療技術じゃお前の兄ちゃんの症状を「遅らせる」ことしかできないんだ「治す」ことは残念ながらできない。前もはっきり言ったがお前の兄ちゃんはいずれ死ぬ。」
医者は涙がたまってきた私に容赦なく言葉を投げ続けます。
「でも死ぬ前にお前の兄ちゃんにとってもっと悲しいことがおこるんだよ。お前のにいちゃんにとっては死ぬより悲しいことかもしれない。」
医者は悲しそうに私の目を見つめます。
「お前の兄ちゃんの病気の症状は「忘れる」ことだ。最近のことから忘れて、時間がたつと家族や、恋人まで忘れる、いずれ呼吸の仕方や心臓の動かし方を脳が忘れて死ぬ。これが兄ちゃんの病気だ。まだ俺たちがなおせない病気だ。」
ポタポタ零れ落ちる涙を医者の手が拭います。