鏡の彼
「いいんじゃないっすか? 自由曲なんだし。俺もベタな歌苦手なんだよね。みんなもそうだろ? あ、そう言えばさオリコンで一位になったあの曲良くね?」

「あ、それなら知ってるー」

「そうそう、名曲だよねー。あたしも店で聞いた時思わず聞き入っちゃったし」

 クラスの女子達が大きな声で騒いでいる。

「なあ、俺達って人数そんな多くないじゃん。振り付けとか付けてみない? 俺達流で!!」

 先の彼が提案してきた。

「それ、いいかもー!」

 女子達はたちまち目を輝かせた。と、言うのも彼は女子達の憧れの的だったせいもある。少なくともコクられた女の数は十を越えたとかないとか。

「でもさピアノどうするよ?」

 CDをかけてもいいんだけど、ピアノがステージにはある。どうせなら、生のピアノらしさも盛り込んじゃえ、と彼は気さくに話す。

「だいじょーぶ!! ピアノならこの子が引き受けてくれるよ!!」

 ちょ、ちょっとまだ何も言ってないんですけど。

 彼女ってば強引なんだよね……。でも、不思議とそんなとこも許せる。

「え!? 渡辺さんピアノできんの!?」

 驚きの表情で女子の一人が叫ぶ。

 渡辺――初めて私は彼女以外の子に名前を呼ばれた気がした。

「うん。ちょっとだけだけど……」

 口ごもる私に彼女がさらに後押しする。

「なんたって、中学の時に優秀賞取ったのはこの子のおかげなんだよー。マジで上手いんだからさ!」

 みんなの視線がさらに強まる。は、恥ずかしい……。こんな風に自分が注目されるなんて思ってもなかったし。

「渡辺さんって大人しくてとっつきにくかったけど、全然いい子なんじゃん! あたしゴカイしてたよ。ゴメン!!」

 仕舞いにはみんなからの謝罪の嵐。みんなは悪くないよ、と私は慌てて説得した。
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