鏡の彼
「あ、秋本(あきもと)くん。どうしたの……?」

 女子の憧れであるはずの彼がどうしてこんな所に?

「いや、なんか気になっちゃってさ。渡辺にピアノ押しつけて賛成したのはいいけど、苦戦してるんんじゃないかって思って……」

 苦戦ならとうの昔にしてます、と本音を言いたかったがこれは抑えた。

「ううん、なんとかなって……なってないけど、大丈夫……じゃない」

 我ながら嘘が付けないなあ、と私は思う。

 秋本くんは適当に音楽室の席に座る。そう言えば、自分の家にいる彼を除いて男子と二人きりなんて経験が無いかも。

「この曲さ、みんなにいいんじゃないって前から思ってんだ。俺も前にいじめられたし」

「え……!?」

 私は再度びっくりして秋本くんに聞いた。

「俺さ、中学の時にいじめにあってたんだ。それで転校して、前の中学に入ってこの学校に来た。転校したとこではいじめはなかったけど、ただたんにそれは俺じゃなかっただけで、いじめなんて今時どこにでもあるよな?」

 信じられなかった。女子に人気の秋本くんがいじめにあっていたなんて……。

「驚いただろ? それよりさ、曲聞かせてくれよ。渡辺のピアノは最高だって言ってたぜ」

「それ、誰から聞いたの?」

 大方は予想がつくんだけどね……。

「純子(じゅんこ)さんだろ?」

 純子は私の友人の名前だ。ホームルームで私の後押しをしてくれたのが彼女だった。

「うう……。純子のやつ、後でアイスおごってもらわなくっちゃ……」

 最高なんて台詞使っちゃってさ。学校でしか練習できない私にそれはないでしょ。

 と、半ば純子に恨みを抱いた私ではあったが、今は秋本くんにピアノを聞かせなくてはいけない。

「まだ全然できてないんだけど、いいかな……?」

 そんな私に秋本くんは「別に気にすんなよ」と言ってくれた。
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