鏡の彼
 曲と曲の間、幕は頻繁に開閉される。私はピアノの椅子に座り、みんなはパートごとの場に立つ。秋本くんは指揮棒を手にみんなの正面に立つ。

 幕が上がった――

 会場の親達は先のクラスとは全く雰囲気の違う私達に不自然な視線を浴びせてきた。それもそのはず。

 制服でも、衣装でもない。私達のクラスは私服でいたのだ。

 親達のコンクールにはそぐわないという気持ちが会場にはにじみ出ていた。そのせいか、拍手は小さかった。それでも、私はくじけなかった。みんなも同じだ。

 秋本くんと目を合わせ、私はイントロを引き始めた。会場はしんとなる。


「辛いのは君だけじゃない……」
 自然と歌が聞こえた。男子のパートだ。


「悲しいのは君だけじゃない……」
 そこに私の声も被さった。自然と歌が出ていた。女子のパート。


「こぼれた涙をふき、私はどこまでも行こう。たとえ、どんな事が待ち受けても逃げ出したりなんかしない」
 みんなが一斉に歌う。サビの部分。一つとなった瞬間だった。

 と、突然指揮者の秋本くんが客席へと振り返る。

 指揮棒の手はそのままに片方の手でお客さんに立ち上がるように促している。テンポは乱れていない。

 秋本くんの、そして、みんなの思いがそこにはある――

 いつの間にか、会場にいる親達も立ち上がっていた。歌詞を知らずとも口ずさみ、曲を知らずとも知らずにテンポを取り始める。


「ありふれた、ありふれた想いに身を任せ、私は今日も生きていく」
 二番を終えて、曲はいよいよラストになる。


「君には大切な人達がたくさんいる……」
 歌に委ねて、私達は全てを出し切った。私は最後の大仕事。閉めのメロディーを刻み終える。


 みんなも、秋本くんも泣いていた。自然とあふれた涙だった。


(終わった……)
 私も、涙で見えないよ……。
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