鏡の彼
 泣いて、泣いてどれくらい経ったのだろう。急いで私達はステージから外れ、脇にある控室に駆けこんだ。


「みんなお疲れー!!」


 そう最初に歓声をあげたのが秋本くんだった。涙で紅くなった目元がとても鮮明にうつっている。


「秋本、何泣いてんだよ!」


 そんな秋本くんの様子に男子が絡んできた。当の本人も目を腫らしているのに。
 すぐさま、女子が秋本くんに絡んだ男子をからかってきた。女子のみんなも目が紅い。化粧が崩れている子もいた。


「おいおい! お前ら先生を忘れるな、っていでで……!」
 いきなり背を叩かれ、先生は自分が年だという事を思い知らされた。


「だいいち、今日の主役は先生じゃないっすよー」
「そうそう!!」
 秋本くんの意見にみんなが賛成した。


「ね? 渡辺さん?」


 ……え!? 

 いきなり名指しされて私は言葉を失った。今日の主役は指揮者の秋本くんじゃなかったの……?


「やだ! この子ったら自分の立場忘れてるし!!」
 純子が私の肩を押す。


「あのさあ、主役って……?」
「―あんたが主役に決まってるでしょっ!!」


 純子の思いもよらない一言で、私は絶叫したい気持ちにかられた。

 うそ……!? 主役って、何かの間違いでしょ……!?


「ちょっと! あんた、なにボケてんのよ!? 先生じゃないんだからさ!」


 あの、それは言いすぎじゃないかな純子……? 先生だってまだ若いはず……?


「まあ、最近節々が痛いからな……。若者には勝てないさ!」


 と、先生は大笑い。ちょっと先生、最近結婚した、って聞いたんですけど。


「……まあ、今日の主役は間違いなくお前だ渡辺。よく頑張ったな」


 先生に頭を撫でられて、私はまた泣いてしまった。

 失礼かもしれないけど、そこに父の温もりを求めていたのだった。
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