鏡の彼
「じゃ、そろそろ解散だ! 気を付けて帰るんだぞ!!」


 時間は夜の九時を廻ろうとしている。鉄板にあった肉も僅かになっていた。ジュースを飲み干し、クラスメイトの数も少なくなりつつあった。純子もハンドバックを片手に、先に店を出て行った。去り際にまた明日、と手を振って母親の車に乗り込んでいくのが見えた。

 私も、もうすぐ母が迎えに来る頃だろう。


「秋本、お前先生の車に乗るか?」


 未だに迎えの来る気配の無い秋本くんに先生が話しかけていた。
 秋本くんの家族は、父親と二人だと聞いた。父親はトラックの長距離運転手でいつも帰りは深夜になるという。


「じゃあ、お願いします……」
 珍しく丁寧に接する秋本くん。

 ふと、秋本くんが私の方へと近づいてきた。
「なあ、渡辺……」


 先生は、どうやらお手洗いに向かったようだ。店の中には私と秋本くんの二人。その他店の人達やお客の声はするものの、宴会席である広大な室には二人だけが取り残されている。


「前から、言おうと思ってたんだけどな。俺、お前の事好きみたいだ――」


 突然の告白で、私は二の句が出ずにいた。口を開こうにも思考が正常に作動せずに、しばらく沈黙が続く。


「お、秋本行くぞー」


 手洗いから戻った先生の一言があるまで、私達は無言でいた。
 そして、秋本くんは先生の車に乗り込み、私も程なくして到着した母の車へと乗り込んだ。

 車内で母と会話はしたものの、ほとんど聞き流していた。
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