鏡の彼
 家へと戻り、私は一目散にベッドに飛び込んだ。音に勘付いたのか鏡の彼が、姿を現す。


「なんだか、今日は荒れてんなー……」


 がさつな音を聞きつけ、彼はいつもの通り私をからかうのではないかと思われた。しかしながら、私の予想は外れてしまった。


「……どうやら、コクられたみてえだな」


 そこに、いつもの彼はない。彼は、私の顔色を察したのか、神妙な面持ちでいた。まるで今までの彼が消えうせてしまったかのような錯覚にも陥った。

 私は、静かに頷く。彼は、次に「そうか……」とだけ告げた。

 彼の気持ちはどうなのだろうか。私は、ずっと彼の気持ちを知りたかった。こうして同じ部屋で話しあって、私をよく知っていて。気になる言葉を残して――


(お前が俺で、俺がお前だからさ……)


 今、思い出してみれば少し寂しげな音にも聞こえる。彼は、何を知っていて話したのだろう。
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