鏡の彼
「ねえ、私の事どう思ってる?」
 姿見に顔を近づけて、彼に問い詰めた。


「どうも……」


 それが、答えだった。その割には、視線を逸らして、幾分か動揺している。焦点の定まらない眼差しはどこか宙を泳ぎ、唇が震えていた。鏡越しからでも分かる彼の反応。彼は嘘を付いている。いや、そうでありたいと私は願っていた。


「本当なの……?」
「ああ……」

 しつこく聞き返す私に対して、彼は意を反転しない。
 私が次の言を発しようとした時、彼が口を開いていた。


「もう、俺は必要ねえな……」
「え……?」
 次に出た語に、私は胸を打たれた。
「そいつと仲良くしろよ……」


 言い終えて、彼は立ち上がり、鏡の奥へと歩き出す。寂しげな背中を残し、振り返らずに私の前から消えて行った。

 待って! と手を伸ばしても、鏡の中に手が入れられるはずがない。私は鏡面を思い切り叩きつけた。手の痛みも、何も感じない。ただ、もどかしさがそこにはあって、私の痛みを隠してくれる。


「勝手な事言って、それで、お別れ……!?」


 嗚咽が聞こえた。額を鏡に押し当て、私は泣く。涙が伝う頬は熱く、きっと眼も腫れているだろう。それでも、構わない―

 本当の気持ちは、どうなの? 何でもないなら、どうしてあんな目するのよ……?

 最後の瞳は頭から離れず、胸は貫かれたまま。傷口は塞がらず。心の中にあった麻酔は徐々に切れていった。


―ふざけないでよ……!


 そこにあったのは、悲しみを越えた怒りであった。

 もし、今彼の元へと行けたのならば、私は一発殴りたいと思った。殴ってそれで、想いをぶつけてやる。


「人の気持ちも知らないで、さっさっと消えちゃって……」


―私が好きなのは……。
―あんたなのに!!
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