鏡の彼
 この場面を私が目の当たりにした時、女の人は自分の母親ではないかと思った。どことなく雰囲気がある。今ではしわも増えてしまったが、彼女の昔ながらにある顔立ちは変わらない。それに、声は聞きなれた母親そのものであったから。

 だとすれば、隣にいたのは父親。離婚して以来、音沙汰が全くない。その為か、私には父親の顔、というものがどうにもぴんと来なかった。おぼろげな父親に自らの勝手なイメージを作り上げていた。

 でも、これが真実だとすれば決定的な違いが一つだけある。私が生きている、という点だ。私はこの通り、生きていて学校にも通い、ご飯もきっちり食べている。なのに、最初に生まれたのは『男の子』である事。看護師が間違えた、などとは到底思えない。


「これ、おかしいよ……」
 私は彼に聞いた。


「まあ、そう思うのは当然だ……。でもな、俺が現れた通りこの鏡には古い言い伝えがあるんだ」
「言い伝え……?」


 元々は母の嫁入り道具であったが、私が気に入りそれ以来私の部屋にあるその鏡。
 古めかしいデザイン、と前に純子に言われて時があった。でも、私は何故かその鏡に惹かれた。そして、彼が住み着いて―


「この鏡は、正反対を映すのだ、と……」
「正反対……!? ねえ、もしかしてあんたは……!?」
 私は理解して問う。しかし、彼は静かに制止した。

 指さされて、視線を変える。先の場面とは別の場所、またもや鏡が情景を蘇らせた。過去の、本当の姿を。
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