鏡の彼
第十一話 過去の情景
 母は泣いていた。顔を下にして表情は読み取れないが、そう思った。気丈にしていても我が子を失った辛さはぬぐい切れない。まして、もう一人の子にまで辛い思いをさせたくなかったのかもしれない。

 いつも、泣くのは鏡の前。どうしてなのかと思ったが、母もどうやら鏡に話しかける癖があったようだ。現に今は子供が寝た隙を突いて鏡の前にいる。

 その情景が私の前にはっきりと映し出されていた。


「ごめんね……。ごめんね……」


 すすり泣く声が聞こえた。胸が痛み、もし母に話しかけられたらどんなにいいだろう、と思った。

 私はここにいる。貴方の愛情をたくさん受けて、ここにいるよ、て。 母の背後に私はいる。だけど、鏡には私の姿は映らない。鏡の世界から見た、本当の世界―

 と、赤ん坊の泣き声がした。どうやら起き上がったらしい。お腹が空いたのだろうか。赤ん坊の泣き声はどんどん大きくなっていった。

 母は、そんな赤ん坊の泣き声を聞きつけて、涙を拭く。そこにはもう悲しみにくれる姿ではなく、慈愛に満ちた母親の顔があった。
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