鏡の彼
「いち、にい……」
 私の高い声が聞こえる。目を瞑る彼の体が、見る間に透け、鏡にあった私の姿も透けていった。そして、重ね合わせた手から新しい光が蘇り、同時に鏡の中にも光が徐々に形を成していく。


「さんっ!」
 私が数え終わった時、彼の体は鏡の中に、私は鏡の外にいた。文字通り、『反対』になった訳だ。


「……あれ? 俺、どうしたんだ?」
 しかも、変化はそれだけではない。


「かみさまね、いろいろとてつづきがあるから、ってせいちょうさせたって!」
「成長……!?」

 鏡の彼はすぐさま自分の体を探っている。手、足。自分から計り知れる部分は隈なく動かしてみた。


「それと、もうひとつごすごいちからがあるんだけど、つかれるからあまりつかっちゃだめだよ!」
「力……?」
「かがみぬけっていうの! かがみからぬけだせるんだけど、ぬけだしたあと、すぐにもどらないときえちゃうし、ぬけだすとからだにおおきなふたんがかかるんだって!」
「はあ……」


 反則気味な能力だな、と私も彼も思ったに違いない。忘れ物のプリントはやはり彼の仕業であった。思い返して見ればあの時の彼はちょっとばかり顔色が悪かったかも……。
「それと、かみさまがふしんにおもわれないようにきおくをそうさ、するって! だからしばらくはおわかれだって」


「別れ……。今度はいつ会えるんだ?」
「うーんとね、それはかみさまのきぶんしだいなの。あたしになにかあったときだって!」
「へえ……」
 なんつう神様だ、と彼は吐き捨てていた。


「じゃあ、またみっつかぞえるからね……」
「おう……」


 いち、にい……。そこで場面は終わりを迎えていた。私は彼に手紙を渡していた。いつか真実を知った自分に読んでほしい、と残して。
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