ティー・カップ
僕は必死に何かエマの持物が残っていないか探した。

しかし彼女の衣類はもちろん、歯ブラシやシャンプーなどもすべてなくなっていた。

ゴミ箱にも彼女の物は何も捨てられてはいなかった。

僕は本当にエマと一緒に暮らしていたんだっけ?
 
少し落ち着こうと思った僕は、キッチンに行き水を1杯飲もうとした。

シンク横の洗いかごの中からグラスを取ろうとしたとき、僕はそこでようやくエマの持物を見つけることができた。

それはエマがいつも使っていたティー・カップだった。

そのティー・カップが幾つかのグラスと一緒に綺麗に洗われた状態で置かれてあった。


何故彼女はこれを置いていったのだろう。


おそらくこのティー・カップは僕が買ったものだからだろう。

これはエマが僕の部屋に越して来る前日に、僕がエマのために近くの雑貨屋で僅か2ポンドばかりで買ったものだった。

ストロベリーやパイン、メロンなどたくさんのフルーツがカップ中に散りばめられたデザインのこのティー・カップを、エマはとても気に入って使ってくれた。

きっと彼女はこのティー・カップはわざわざ自分の為に用意されたものではなく、元々あったものを使っていると思っていたのだろう。
 

エマがこの部屋で僕と一緒に暮らしていた唯一の痕跡を見つけると、急激に僕の中に悲しみが込み上げてきた。

まだ乾ききっていない微かに残った水滴が、あたかも持ち主に去られたこのティー・カップの涙のようにも見えた。

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