ティー・カップ
普段はあまり紅茶を口にしない僕だが、何かにすがりたい思いで紅茶を作りそのティー・カップに注ぐと、そのままキッチンの椅子に座り一口飲んだ。

その瞬間、あれほど思い出すのに苦労していたエマの顔が脳裏に鮮明に蘇った。

そしてさっき思い返したエマとの1年の出来事がもう一度ゆっくりとフラッシュ・バックした。


そうだ、エマはこんな顔だった。


その顔がとても懐かしく思えた。

紅茶の温かさと相まって心が徐々に満たされていくのを感じた。

しかし紅茶を飲み終えると、僕は再びエマの顔を思い出すことができなくなり悲しみに襲われた。

僕はもう一杯紅茶を注いだ。

まるでアンデルセンの童話みたいだ。
 

それから僕は何日もの間、頻繁にそのティー・カップに紅茶を注ぎ飲み続けた。

紅茶を飲んでいるときだけ僕はエマの顔を思い出すことができ、彼女を失った悲しみから逃れることができた。

でもそんなことは何の意味もないことだったのだ。


何故なら僕が思い出したエマの顔は過去のものであって今のエマではないのだから。

< 6 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop