乾柴烈火 Volatile affections
お店の寮を出て私が選んだ物件は、

中環の隣に位置する

上環という場所にある、

賃料がわずか3500香港ドルという

賃料がべらぼうに高い

香港の地価の割には

格安の物件だった。


そこは、

誰も使っていない事務所の中にある

小分けされた部屋で、

10平米の中に、

シャワールーム

小さなベッド

ぼろぼろのキャビネット

テレビ

を押し込めただけという、

古くておかしな物件だけど、

ついこの間まで窓なしのキャビンで

暮らしていた私にとって

その設備は充分すぎるほどだった。

シーツや小物類をイケアで買い揃え

私の新しい生活は始まるはず

だったけど現実がそんなに甘いわけがない。

寿司屋で働き始めて

3日目に上司に呼ばれて

クビだと言われた。

どうやら私が

労働ビザをもっているものだと

勘違いをしていたらしく

観光ビザで

これからビザを取得して欲しい

私のような人間は雇えないという

内容だった。

人を雇用して、

ビザを取得するのには、

それ相応の負担が会社側にかかる。

ビザが無い事は説明してあったはずで

これでは話が違いますと

食い下がる私に、

迷惑そうに2000香港ドルを投げつけて、

出て行けと言われた。



はじめて頭が、

真っ白になるという言葉を実体験した。

それは、

さわがしい香港の騒音も何もかも

あらゆる音が耳から遠ざかっていって

メガネを掛けているはずなのに

視界がぼやけていって

香港の原色の色使いさえ

霞んで見えることだという事を

具体的に知ったその日は

奇しくも私の誕生日の事だった。


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