乾柴烈火 Volatile affections
家までの道のりはまだ遠い。

そりゃそうだ、

会社から家まで

歩いて帰った事なんて

一度もない。

だけど、

泣き腫らした顔で

地下鉄に乗る事は

恥ずかしすぎて

どうしても避けたかった。

寒いなぁ、

タクシー乗っちゃおうかなぁ、

明日からは仕事がないのに、

そんな贅沢はいけないよなぁ、

と、くだらない事を歩きながら

考えていた私の頭の中に

この数年思い出す事さえなかった、

あの香港の

原色の街並みが

いきなり浮かんできて

そして思い出した。


私はもう一度香港に行きたいと

願っていたはずだった。

行くならクビになった今こそ

絶好のタイミングだ。

今回は日本で失業、

それも解雇をされたわけだから、

失業手当も頂ける。

あの宙ぶらりんの日々を抜けて

現実という地を踏んでから

今日に至るまで

私はそれこそ痛々しいほどに

仕事も恋も大失敗しか経験していない。

昔あれ程ちやほやされていたのが

まるで嘘かのように

全くと言っていいほどモテなかった。

現実の私だから当たり前だ。

大失恋を経て、

私はこのまま生涯独身かもしれない

という危機感はあるのに、

本当のところ、その覚悟さえできない。


それでも、

仕事も恋も生きる事も

あの頃よりはずっと必死でやってきて

本気だったでしょう?

と問いにはYESと答えられる。

< 136 / 144 >

この作品をシェア

pagetop