モノクロォムの硝子鳥
だから、その時ひゆは気付かなかった。
いつもより校門付近が騒がしい事に。
俯き加減で歩きながら校門を出て少し過ぎた時。薄暗かった視界が更に陰ったのに気付いて歩みが躊躇する。
それと同時に、先程まで染みるように身体に落ちていた冷たい雨も感じなくなった。
不思議に思ったひゆの視線が地面からゆっくりと上がる。
「――失礼ですが、蓮水 ひゆ様でいらっしゃいますか?」
上げた視界の先、薄暗い世界に染まらない凛とした黒。
柔らかなテノールと一緒に向けられた笑顔にひゆの思考が一瞬止まる。
学校の校門前にはあまりにも浮き過ぎる、三つ揃えの黒のスーツに身を包んだ長身の男がひゆに傘を差し掛けながら佇んでいた。
男の手にある傘は普通のごく一般的な大きさの物で、小柄なひゆ一人であれば十分だが、大人の男が一緒となれば納まりきらない。
傘はひゆを雨から守る様に差し出され、男は上質なスーツが濡れるのも厭わず、笑顔のままひゆの言葉を待っている。
見慣れない男と、この説明し難い状況と。
次第に自分の周囲のざわめきが大きくなっていくのに気付いて、漸く固まっていたひゆの身体がぴくりと反応を示した。
「……あ、…の…?」
「蓮水 ひゆ様でいらっしゃいますね?」
今度は肯定の言葉を促すように、ひゆへ確認の言葉が紡がれる。
予め、自分の事を知っていてこの場で待っていたのだろうかと思考が巡り始める。
(……でも、どうして――?)