モノクロォムの硝子鳥

今でもはっきり覚えている。
自分を引き取ってくれた人はひどく冷たい声で約束しなさい、と言った。

決して、「おかあさん」と呼んではいけない、と。

「どうして?」という疑問よりも、素直に「はい」と答えたら、その人は優しい声で「良い子ね」と言ってくれた。

険しい表情のまま聞いていた義永は、一言、「都合よく手懐けたな」と漏らした。

誰が、誰を――なんて考えるまでも無い。

自分を支えているものが少しずつ崩れていくような錯覚が足元を脅かす。
座っていなければ、今頃眩暈を起こして崩れ落ちていただろう。


「君が何故その女の元で育てられたか、理由は簡単だ。君が志堂院を受け継ぐ孫だったからだ」

「そ、んなの……偶然です」

「偶然かどうかは、洗えば全部出てくる。康造氏の公表後、一度その女にコンタクトを取った。勿論、此方が何者かを明かさずあくまで志堂院の内情を知る者として、だ」


口元に僅かに笑みを浮かべ、揺れる心を見透かすように義永の視線がひゆをなぞる。

これ以上、聞いてしまってはダメだ。
頭の奥で痛いくらいに警鐘が鳴る。

けれど、身体は重く凍りついたようで耳をふさぐ事も出来ない。
淹れ直して貰った紅茶を飲む余裕さえもう無かった。


「君の名前を出したところで、あの女は言ったよ」


無常に告げられる告白。


「貴方はいくら出すの? とな。その時点で、もう君の存在価値がどんな物か知られていると分かった。おまけに、一部の人間にはもう知れ渡っているんだろう。今後、志堂院関係の者から君が狙われる危険性が高い。だから早急に君をあの女から保護する事にした」


何一つ、返す言葉が見つからない。
どうして、自分を育ててくれた人がそんな事情を知っているのか。

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