モノクロォムの硝子鳥
Ⅲ.相続と誓約
午後から降り出した雨は夜になると激しい雷雨となった。
静かな空間には窓を打ち付ける雨音だけが響いている。
一方的とも言える話を終えた後、ひゆは暫くどうする事も出来ずにただじっとその場に留まっていた。
何をどう整理して良いのか、混乱する頭では要領を得ないままただ時間ばかりが過ぎて行く。
実際、どれくらいの時間が経ったのか分からなかったが、窓の向こうの景色が薄暗い曇りから暗い闇に変わっているのを見ればかなりの時間が過ぎているのだけ分かった。
暖かいはずの部屋の中で、自分の周りだけが重く冷えている。
冷たい水底に沈むような底の知れない不安に囚われて、ひゆは指先ひとつ動かす事すら出来ず固まっていた。
何故とか、どうしてとか。
疑問の言葉が浮かんではすぐに消えていく。
ぐるぐると同じ場所を巡る取り留めのない思考を繰り返しても、答えは出てこない。
自分の求めている答えが何なのか、それすらも分からなかった。
今までのように、深く考えず、言われるままに動くのが一番楽だ。
遺産相続の話も、ひゆに相続権があると言うだけで、その莫大な遺産がひゆの自由になるとは一言も言われなかった。
きっとあれこれ考えた所で、自分が望む結果が得られる保障は何処にも無のだ。
少しずつ、今の状況を客観的に見ようと気持ちが切り替わっていく。
そうする事で幾分か気が楽になっていくような気がした。
(――…いつもみたいに、何も考えなきゃ良いんだ…)
心の中でいつも繰り返す言葉。
見えるものは映すだけで良い。
考えずに、ただ周りに従えば良い。
平静さを取り戻せてきたのに安堵して、ひゆは固まっていた胸からほぅと吐息を漏らした。
「――少しは落ち着かれましたか?」
気遣う声は控えめながらもするりと耳へ馴染む。
今日一日で、何度も聞いた柔らかなテノール。
何処を見ていたのか分からない視線の先がぼんやりと景色を象り、声のする方へと顔を上げた。
ひゆの座るソファーの少し後ろで九鬼は静かに控えていた。
違ったのは、何度も見たあの優しい笑顔では無く、見ているこちらが胸を締め付けられそうな切ない表情を浮かべていた事。
その表情から目が離せなくて、返事をする事も忘れてじっと見つめてしまう。
「蓮水様?」
「――っ、すみません……大丈夫、です」
ぼぅ、っと見つめてしまっていたのが気まずくて視線を逸らす。