モノクロォムの硝子鳥
車は駅前の大通りを抜け、オフィス街のビルを横目に走行する。
流れていく景色は、まるで切り取られたモノクロフィルムのように映る。
雨に濡れる車窓から、ひゆは見るともなしに景色を眺めていた。
何故、見ず知らずの男に言われるまま車に乗せられているのか。
考える事を放棄したまま、ただ静かに窓の外を眺め続ける。
最初に同行を拒否したのは、不安や恐怖心からではなく単に「面倒」だと感じたからだ。
こうして車に乗っている今は、まるで他人事のように静観している自分が居た。
「寒くはございませんか?」
静かな車内に黒服の男の声が響く。
少しの間を置いてゆっくりと男の方へ視線を向ければ、男は小さなハンカチを手に此方を見詰めていた。
澄んだ双眸は、言葉以上にひゆの意識を惹きつける。
黙ったままでいるひゆへ「どうぞ」とハンカチを差し出された。
それを見て、雨に濡れていた事を今更ながらに重い出す。
さほど濡れたとは感じていなかったが、着ていた制服は雨でしっとりと濡れており、ひんやりと重さを持っている。
気付かされると急に寒さを感じたが、車内は適度な暖房が効いていて「寒い」と口にする程でもない。
男の視線から逃げて俯くと「自分のが有ります…」と、緩く首を振った。
窓際に置いていた自分の鞄の中を探る。
会話の無い車内で聞こえるのは、静かな走行音と鞄を探る物音と僅かな衣擦れ。
静かなのは嫌いではないし、沈黙も気にならないはずなのに、この男の隣に居ると少し息苦しさを感じるのは何故だろうか。
無意識に、ふ……とひゆの唇から吐息が漏れた。