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シンディは俺の髪を整えながら、いつもの人当たりの良い笑顔だった。

「同棲しようって、言ってみたんだ」
「ほんと?ついに言ったの」
「でもあのリアクションは微妙だなー」
「まぁ、今のユウ君が彼女と同棲っていうのは、かなり無理があるわね」
「そうなんだけどさー」

俺は足をばたばたさせながら、あーとかうーとか意味もなく叫んでみた。
分かってる。
分かってるんだけどさ。
今のままではダメになりそうな気がして、怖いんだ。

仕事が忙しい今、なかなか会うことも難しいし。
会えないから好きじゃなくなるとか、そういうのはないんだけど。
単純に言えば、一緒に居たいだけ。

「恋、してるのねー」

はっとして前を見た。
シンディはにやにやと意地悪な笑みを浮かべている。俺の耳は真っ赤になっていた。

「役者は恋してなんぼって言うじゃない。演技に深みも増して、もっと良い演じ手になれるのよ」
「うん…社長も言ってた」
「あの社長のことだから、案外あっさり許してくれたりして」

俺の頭に、社長の顔が浮かんだ。
社長は知っている。俺がハルナと付き合っている事を。
「別れろ」とは言われなかった。社長は俺の性質を見抜いているから、俺の扱い方も分かっていた。
悔しいけど、社長には適わない。
だけど、だからこそ、案外許してくれるかもしれない。

俺にとって、彼女がどれほど大きな存在か。
社長はきっと、それすら見抜いているはずだった。

「同棲は良いわよ~」
「だよねー。家に帰ると裸エプロンの彼女が…ご飯にする?お風呂にする?それとも、ハルナにする?みたいな」
「健全な妄想ね」

少しだけいけない妄想をしてしまった。これは、いけない。
緩む頬を抑えながら、俺はまた台本に目を落とした。

早く社長に、会って話そう。
なるだけ早く、今週中に。

社長の好きなケーキ屋さんの、ケーキを持って。





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