プリシラ

 ある日、それがほんの少しだけエスカレートして姉さんの友達の一人が僕の唇に口紅を塗ると言い出した。

「仁君、お化粧してみようよー」


 面白半分に言い出した姉さんの友達は、さっそく紅筆を取り出し、くるくると口紅のスティックを捻り出す。

 楽しそうにしていたから僕も楽しくなってきた。


 お化粧には興味津々で特に嫌でもなかったから、ただ体の力をだらんと抜いて顎を上げ、大人しく目を閉じて紅筆の先を待った。


 その友達は、ゆっくりと筆の先にシェルピンクの紅を撫でつけ、そっと僕の唇に山を描き始める。ひんやりとした油脂の感触がなぜか僕を高揚させた。


 そのうち筆の動きが微かに震えてきて、唇の表面から伝わってくる。

 おかしいなと思って薄目を開けてみると、彼女の口が半開きになっているのが見えた。


 どうしたんだろう、頬を赤くしながら微かな吐息を漏らしている。

 気のせいか瞳は濡れていて、泣きたくなったのかと勘違いした。

 指先が震えている。

 とにかく今彼女が何かの理由で昂ぶっているってことはわかった。

 そしてそれは僕が原因であることも。


 きっと僕が歯医者の先生に口の中を掻き回された時と同じように、彼女の体が反応しているんだろう。

「ちょっとジュース買ってくるから」


 姉さんが他の女友達と連れ立って部屋を出て行ってしまった。


 紅筆を震わせている彼女に「じゃ、仁のこと綺麗にしといてー」と言い残して。


 目の前の彼女は、ウンとかフウとか返事なのか溜息なのかわからないものを漏らし、頷いた。


 部屋には僕と彼女の二人きり。
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