ウォーターマン
事件
 婦人が追われている。闇夜(やみよ)である。息遣いが乱れている、男も女も。
「助けてぇ」
 女人(にょにん)の悲鳴はもう言語にならず、猿叫(えんきょう)みたいであった。
 漢が女性の左腕を後ろ手に掴んだ。姐(あね)は全身をくねらせて、悪漢(あっかん)の魔手を振り解こうとするが、できず、バランスを崩して、倒れてしまった。
 姦人は強引に婦女の左腕を引っ張って、抱き寄せた。生贄(いけにえ)は暴れるが、姦賊(かんぞく)の強力(ごうりき)の前に、なす術(すべ)を失っていく。
 叫声を発しようとした小羊(ひつじ)の口(こう)輔(ほ)を、悪玉はごつい掌(てのひら)で閉塞(へいそく)し、顔面を三発程殴りつけ、
「大人しくしろ!」
 と、ナイフを女体(にょたい)に突き付けた。
冷たい刃身の感触に、到頭嬢(じょう)は観念してしまったようだ。
「ふっ」
 強姦魔(ごうかんま)はほくそ笑むと、淫欲(いんよく)の対象者を地面に叩き付け、その上に覆い被(かぶ)さろうとした。
「?」
 奸人は呼吸困難になって、もがいている。身体はびしょ濡れであった。
「ぐっ」
 悪党は空中で手足をばたつかせたが、叶わず、そのまま絶命(ぜつめい)してしまった。
 キャリアウーマンは何が起きているのか分からず、混乱の極(きわ)みに達していた。自分を陵辱(りょうじょく)しようとしていた凶漢が、ぐったりとなり、やがて仰向けに転倒したのを見届けると、人身の気配を感得し、上を見上げた。





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