ウォーターマン
 磨生内閣が目下(もっか)やろうとしていることは、日米安保条約の破棄(はき)と核武装である。宇内(うだい)唯一の被爆国日本には、核兵器に対する拒絶反応が浸透(しんとう)しており、反核団体の数も多い。この内共産主義者や無政府主義者に煽動(せんどう)、若しくは操(あやつ)られていた団体は、公安法の適用によって潰(つぶ)すことができた。被爆者や人道上の見地から根強い核アレルギー体質を持つ人々から成る市民団体を、どう宥(なだ)めるかが問題であった。
 政府は、
「通常兵器だけでは、核攻撃を受けた場合防衛することなどできない」
 と様々な手段を駆使して核保有キャンペーンを繰り広げ、国民に理解を希求(ききゅう)した。アメリカの衛星国として幾(いく)星霜(せいそう)にもわたって培(つちか)われた他力本願の属国根性からの脱却と、自主独立、アジア連合への献身をスローガンに掲げ、
「西洋追従(ついしょう)から解放された、アジアの創出」
 を主唱(しゅしょう)したのである。
 政府のこうした主張は徐々に国民の間に浸透(しんとう)していき、日本帝国誕生の年に、日米安保体制は日米同盟へと発展、解消されることとなったのである。
 高山は特命諜報員を拝命(はいめい)してから、磨生しょう害を画策(かくさく)する不平分子を誅伐(ちゅうばつ)していった。
(丸で俺は幕末の人斬り以蔵のようだ)
 と自嘲(じちょう)してみることもある。
(すると俺も最後は死刑かな)
 高山はウォーターマンになろうと意望(いぼう)した時から、横死(おうし)は覚悟してはいる。例え相手が政府首脳謀殺を計図(けいと)する破壊分子であっても、人間の生命を己(き)身(しん)の手で断ち切ることは、気持ちのよいものではなかった。
(俺は救国の英雄の命をガードしているのだ。断じて人斬りではない)
 高山は吾(ご)身(しん)を鼓舞(こぶ)し、“聖戦”を戦い抜く日夕(にっせき)であった。

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