ウォーターマン
「今頃は、警官が奴のアパートに向かっている」
「えっ。なんて人なの、お父さんは!」
「今行ってはいかん」
「放して!」
笙子は久坂の手を振り解(ほど)くと、号泣しながら戸外へ飛び出した。
「笙子待て、こら」
笙子は素早く乗車し、一目散に全のアパートに向かっていく。
「しまった」
久坂も自動車に乗った。美子も乗込むと、二人は笙子の車に後従(こうじゅう)したのである。
笙子の運転は荒れていた。
(事故を起こさねばよいが)
哀れな夫婦は、媛女(えんじょ)を気遣うばかりであった。
笙子が操縦するローバーは、やがて早稲田の曲がり角に差し掛かった。ここからは一車線しかない。ローバーが右折した途端(とたん)、物凄い破裂音(はれつおん)が響震(きょうしん)してきた。
「ああっ」
久坂夫婦は、悲鳴に似た唸り声を上げている。
久坂のベンツは急停車し、美子が取り乱した姿体(したい)で通りに向かっていく。久坂も自動車にキーもかけずに、疾走(しっそう)した。
久坂が事故現場に着到(ちゃくとう)すると、二台の事故車の周りを野次(やじ)馬(うま)が五六人囲繞(いじょう)していた。美子が落涙(らくるい)しつつ、
「笙子、笙子」
と連呼(れんこ)している。笙子の上半身が運転席のドアーからはみ出しており、笙子は路面にぶらりと両腕を下げている。うつ伏せているので、顔色は分からない。
「救急車は?」
反応がない笙子の傍(かたわ)らで、子女(しじょ)の名を呼号している美子を尻目に、久坂は見物人の男性に尋ねた。青袗(せいさん)は小首を傾げた。久坂はアームテレフォンで、一一九番通報をした。
笙子のローバーは、トラックと正面衝突していた。トラック運転手はフロントガラスに頭部をつっこんだのか、顔面血塗れのまま運転席で蹲(うずくま)っている。
「えっ。なんて人なの、お父さんは!」
「今行ってはいかん」
「放して!」
笙子は久坂の手を振り解(ほど)くと、号泣しながら戸外へ飛び出した。
「笙子待て、こら」
笙子は素早く乗車し、一目散に全のアパートに向かっていく。
「しまった」
久坂も自動車に乗った。美子も乗込むと、二人は笙子の車に後従(こうじゅう)したのである。
笙子の運転は荒れていた。
(事故を起こさねばよいが)
哀れな夫婦は、媛女(えんじょ)を気遣うばかりであった。
笙子が操縦するローバーは、やがて早稲田の曲がり角に差し掛かった。ここからは一車線しかない。ローバーが右折した途端(とたん)、物凄い破裂音(はれつおん)が響震(きょうしん)してきた。
「ああっ」
久坂夫婦は、悲鳴に似た唸り声を上げている。
久坂のベンツは急停車し、美子が取り乱した姿体(したい)で通りに向かっていく。久坂も自動車にキーもかけずに、疾走(しっそう)した。
久坂が事故現場に着到(ちゃくとう)すると、二台の事故車の周りを野次(やじ)馬(うま)が五六人囲繞(いじょう)していた。美子が落涙(らくるい)しつつ、
「笙子、笙子」
と連呼(れんこ)している。笙子の上半身が運転席のドアーからはみ出しており、笙子は路面にぶらりと両腕を下げている。うつ伏せているので、顔色は分からない。
「救急車は?」
反応がない笙子の傍(かたわ)らで、子女(しじょ)の名を呼号している美子を尻目に、久坂は見物人の男性に尋ねた。青袗(せいさん)は小首を傾げた。久坂はアームテレフォンで、一一九番通報をした。
笙子のローバーは、トラックと正面衝突していた。トラック運転手はフロントガラスに頭部をつっこんだのか、顔面血塗れのまま運転席で蹲(うずくま)っている。