ウォーターマン
 霙が吹き荒(すさ)んでいる。
 東京と神奈川の県境を流れる多摩川の水面を観察しても、その微細(びさい)な波紋(はもん)に気をとめる人は稀(まれ)で、万が一発見したとしても、魚の仕業にしてしまうに違いない。
 ウォーターマンこと高山工作は、渓流(けいりゅう)の中で休息している。水は彼のエネルギー源であり、水辺はこの世で一番の安全地帯であった。
(これから益々寒くなる)
 ウォーターマンにとって、冬は辛い季節である。夏も大変だが、夏季は水分を補給すれば凌(しの)げた。地球は温暖化しており、気温がマイナスになることは滅多になかったが、それでも一、二月ともなれば、水道管が凍ることもある。
 高山はウォーターマンになって初めて越す冬季の寒気に、やや憂鬱(ゆううつ)であったが、法を犯す者に対する正義感は、衰微(すいび)することはなかった。
 友安は警視庁内に設置された、
「義賊殺人事件特捜本部」
 に配属された。謎に満ちたヤマは、友安がこれまで扱ってきたどの殺人事件ともかけ離れている。
 友安は或る日経村に、
「これはひょっとして、人間以外の者の犯行かもしれませんね」
 と笑(しょう)言(げん)した。経村も、他の僚友(りょうゆう)達も、真顔で黙認する有様だった為、発言者の友安が動揺してしまい、会話が途絶えてしまった。義賊事件には解決の糸口がなく、迷宮入りは必至との見方が暗黙のうちに、刑事達の胸中の大方の予測となっていた。

 恵子は最近、ある筈のない視線を感得(かんとく)していた。それはパート先への出社途上であったり、買い物の最中であったりした。
 恵子は幾度も、その熱視線の方角を凝視(ぎょうし)したが、そこには日常の空間が存在しているだけである。
(私がおかしいのかしら)
 恵子が脳髄(のうずい)の正常さを近頃疑念している位その気味(きみ)は確実で、実体のないものだったのである。


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