上司に恋しちゃいました

「狭いだろ? 嫌なら別のホテル取ろうか?」


「全然大丈夫です! むしろ、新鮮で楽しいです」

「ビジネスホテルが新鮮か。もしかして深川家って金持ち?」


「まさか。普通の一般家庭ですよ。ただ、内向的だったから世間をあまり知らないんです」


外に出ることを嫌がって、狭い世界で自分たちの価値観だけがすべてだと、それをあたしに押し付けた、あたしの両親。


井の中の蛙かわず、大海を知らず。


まさにこの言葉がぴったりな、そんなふたり。


あたしは嫌なことを思い出して、そっと思い出の蓋を閉めた。



「いつもふたり部屋に泊まってるんですか?」


あたしは話題を変えた。


「そうだなぁ、ひとり部屋の時もあるけど、ふたり部屋の方が多いかな。
ビジネスホテルのひとり部屋って牢獄みたいに狭いんだよ。だからお偉いさん方は嫌がるの。
わがままだよなぁ、会社の経費なのに」


「でも課長は、いつもふたり部屋に泊まっている」


「そう。お偉いさん方のわがままの恩恵に、ありがたくあやかってるわけ」


屈託なく笑う顔は、いつものオフィスでの恐い表情からは想像ができない程、優しさで満ちていた。

いつものホテルで見せる、少しだけ寂しげで威圧的な態度ともまた違う。


場所が変わるだけで、距離が縮まった気がした。


お互い、とても自然に素になれる。


狭い部屋の中で感じる解放感。


東京から離れている時くらい、罪を忘れていいですか?


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