君の瞳‐ヒトミノオク‐





「…あの人ってそんなに凄いんですか?」


 後ろから聞こえてきたその言葉に思わず笑ってしまった。

 …あいつのこと知らない奴もいるんだなぁ…。

 一般人ならまだしも、水泳部員で。

 1年で…高校からの奴か。


「ああ…お前、高校からだから知らないのか。
 海鳴(カイメイ)の樫崎は王者藤峰(トウホウ)の歴代最速って言われてる吉川(ヨシカワ)に0.2秒差で負けたんだよ」

「藤峰に?…負けたんですか?」

「ああ、吉川が2年で樫崎が1年だった。
 今年も全国で当たるんだろうな」


 ――今も忘れはしない、あの日。

 ほぼ同時に手を着いたのに、結果は礼央の0.2秒負け。

 俺たちは0.1秒の世界で生きているんだと実感した。

 実感して…もう何も出来ない自分の身体を恨んだ。

 あの王者藤峰に追い付いたと思ったのに。

 あの0.2秒差は実力もあるだろうけど、俺のせいなんじゃないかとも思う。

 俺の気持ちが重荷になったんじゃないかって…。

 きっと礼央は違うって言うだろうけど。

 俺たちは唯一無二のライバルだったから。



< 64 / 91 >

この作品をシェア

pagetop