君の瞳‐ヒトミノオク‐
「…あの人ってそんなに凄いんですか?」
後ろから聞こえてきたその言葉に思わず笑ってしまった。
…あいつのこと知らない奴もいるんだなぁ…。
一般人ならまだしも、水泳部員で。
1年で…高校からの奴か。
「ああ…お前、高校からだから知らないのか。
海鳴(カイメイ)の樫崎は王者藤峰(トウホウ)の歴代最速って言われてる吉川(ヨシカワ)に0.2秒差で負けたんだよ」
「藤峰に?…負けたんですか?」
「ああ、吉川が2年で樫崎が1年だった。
今年も全国で当たるんだろうな」
――今も忘れはしない、あの日。
ほぼ同時に手を着いたのに、結果は礼央の0.2秒負け。
俺たちは0.1秒の世界で生きているんだと実感した。
実感して…もう何も出来ない自分の身体を恨んだ。
あの王者藤峰に追い付いたと思ったのに。
あの0.2秒差は実力もあるだろうけど、俺のせいなんじゃないかとも思う。
俺の気持ちが重荷になったんじゃないかって…。
きっと礼央は違うって言うだろうけど。
俺たちは唯一無二のライバルだったから。