空唄 ~君に贈る愛のうた~
重力に負けて地面に倒れこんだ。

その光景を見て、今やっと自分が置かれている状況に気がついた。




「やだ……いやっ!お兄ちゃんっ!!」


すぐにベンチから飛び降りて、今倒れたお兄ちゃんの側へ寄る。

男は「へへへ……」と、不愉快な笑いをすると、ナイフを手から落として走り去って行った。

ナイフには明らかに人を刺したであろう、血がついていた。


触れていいかと一瞬悩んで、ゆっくりお兄ちゃんの手に触れる。

すると、生暖かい温度とともに私の手のひらにはべっとりと血がついた。

赤い、赤い血が。


まだこの頃の私は、人の死というものがいまいちわかってなかった。

けど、その時は漠然と感じた。






お兄ちゃんが、手の届かないどこかへいってしまうと。

もう二度と、会えない場所へ行ってしまうと。

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