澁澤雑文店-澁澤わるつ短編集-
「代々木さんさ」

「なに?」

「昔、なんかの本で読んだんだけどさ、本人にとってつらいことを夢でも見るっていうのはね、予行演習なんだって」


ざくざくざくざく。


私を見ないで彼はいう。


ふいに陽気な着メロが鳴って、彼はズボンの後ろポケットから携帯を出した。

メールがきたらしい。

それを見て臼庭君は、今日始めて嬉しそうに微笑んだ。


私はわざと手元の封筒に視線を落とし、明るさを装って

「・・・・・・彼女?」

と聞いた。

彼はあいまいな返事をした。


また、私達は無言のままはさみを動かし始めた。


しばらくして、臼庭君は言った。


「代々木さんは知ってるんだけど認めたくないんだよね、その人に彼女がいること。だから夢で予行演習をしているんだよ。これ以上現実で傷つかないように」


苦い言葉に顔を上げると、彼は夢で見たときと同じ表情で私を見ていた。


【END】
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