澁澤雑文店-澁澤わるつ短編集-
Un Vacant
その男は、最期の瞬間、何をみたのだろう。
針やナイフで傷つけられた無数に傷つけられたこころに持った、
でも、死ぬ気のない女が、人ごみにぽっかりとあいた不在に向けて問いかける。
見たんでしょう?
落下地点を間違って、路上の自転車のかごに頭を突っ込んだ、
無様なその姿をひとにさらして。
見たんでしょう?
かごの金具にぶつかるまでの、自分の人生の、ダイジェスト。
かっこうよいつもりで、あるいは鳥の気ままさで空をとぶことを夢見て
ビルの屋上から、身体を重力から手放して
落下していく、長くて短い伸び縮みする時間の中で、自分が消えていく瞬間を。
重力から開放されるって、どんな感じ?
『その』一線を超える、胸の高鳴りと、
落下する速度のなかに覚える、後悔は?
さっきまで、肉体を置いて
そして、今は、空白の中にこころを残して
去っていった、あなた。
今は、こころさえも三千億度の彼方に旅立った、名も知らぬあなた。
こっそり、聞かせてよ。
傷だらけの胸に、砕けた歯いっぱいの言葉で教えてよ。
社会からはずれた人間に、組織からはずれた人間に、醜い女に、無様な年寄りに、
お前は生きているだけでムダだと、世界にののしられつづける人間に。
『それでも、生きる価値はあるのか』、と。
針やナイフで傷つけられた無数に傷つけられたこころに持った、
でも、死ぬ気のない女が、人ごみにぽっかりとあいた不在に向けて問いかける。
見たんでしょう?
落下地点を間違って、路上の自転車のかごに頭を突っ込んだ、
無様なその姿をひとにさらして。
見たんでしょう?
かごの金具にぶつかるまでの、自分の人生の、ダイジェスト。
かっこうよいつもりで、あるいは鳥の気ままさで空をとぶことを夢見て
ビルの屋上から、身体を重力から手放して
落下していく、長くて短い伸び縮みする時間の中で、自分が消えていく瞬間を。
重力から開放されるって、どんな感じ?
『その』一線を超える、胸の高鳴りと、
落下する速度のなかに覚える、後悔は?
さっきまで、肉体を置いて
そして、今は、空白の中にこころを残して
去っていった、あなた。
今は、こころさえも三千億度の彼方に旅立った、名も知らぬあなた。
こっそり、聞かせてよ。
傷だらけの胸に、砕けた歯いっぱいの言葉で教えてよ。
社会からはずれた人間に、組織からはずれた人間に、醜い女に、無様な年寄りに、
お前は生きているだけでムダだと、世界にののしられつづける人間に。
『それでも、生きる価値はあるのか』、と。