「今までタダで教えてくれたことは感謝するよ。でももう終わりさ」
 
僕は最後にそう言い残し、エミリーの部屋を後にした。


「ちょっと待って、マーク」
 
エミリーが最後に僕を呼んだその言葉がしばらく僕の心にこだました。

部屋を出た後も、ひょっとしたらエミリーが追いかけてくるのではと期待して何度か振り返ったが、彼女の顔を見ることはもうなかった。

同時にそんなことを考えている自分がつくづく嫌になった。
 
それからの僕はピアノを見るのも嫌になってしまった。

エミリーのことを思い出してしまうからだ。

本当は彼女にすぐにでも会いに行きたかったし、きちんと謝りたかった。

しかしどうしても思いと行動が一致しなかった。

きっと第一歩さえ踏み出せていたら、もっと楽になれただろうと思う。

だけどそうするには、僕はまだあまりにも子供で経験不足だった。


一度エミリーから電話があったときも、本当はすぐにでも受話器を受け取り彼女の声が聞きたかったのに居留守を使ってしまった。


臆病な自分がますます嫌いになった。

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