揺らぐ幻影
結衣は普通に女子高生なので、クラスの掟には従う派だ。
服コの子に嫌われたくないもん……
という訳で、今後もなかなか隣のF組には通えないだろうと落胆した。
チャイムが鳴り各々が行儀よく席に着く。
部屋の前方中心には教卓、上には時計、そして並んだ机たち――ほぼ同じ配置が後二年続き、
学校なんて教室が全てで、狭い教室で自己を位置付け生きていく。
特によその教室に行くのは少しだけ勇気がいる年頃だ。
背を向けている先生が黒板に書く文字を写すていで、
膝の上にプリクラ帳を広げ、結衣はちゃっかりさぼる体制に入る。
クラス三十二人で下から十一番目という曖昧な頭の悪さだが、別に本人はさして気にしていない。
むしろ授業に集中しないあたりが逆に潔いというかなんというか、ある意味勇敢だ。
手帳に貼られた顔のシールを眺め、ぼんやりと妄想に耽った。
『付き合って3ヶ月』『大好き』『ずっと愛してますからー笑』『映画見たー楽しかった』
友人カップルのプリクラは、見ているだけでキュンとなる落書きばかりだ。
例えばA子が彼氏とのプリクラを親友に渡せば、
貰った子は自分のプリクラ帳に貼ったA子のシールをハートで囲ったり、
『A子羨ましい』や『A子お似合い』なんてコメントを書いたりする。
映画のチケット、雑誌の切り抜き、キャラクターのシール、たくさんアイテムを駆使して、
カラフルなペンを用いキャッチコピーを捻りオリジナル感を演出する女子高生のプリクラ手帳は、
もはや芸術作品に近いと言えるのではないだろうか。
一人一人個性が出る為、大変面白い。
良いなー……
結衣だって彼氏とのプリクラを皆に配って、ブログは勘弁だが人様のプリクラ帳にならラブラブ出没したいものだ。
プリクラを撮り慣れていない彼氏が書いたと思われる変な筆跡の落書きを読みながら、
どうして男子は変なスタンプばかり押すのだろうかと疑問に感じつつ、
もしも近藤洋平が彼氏だったら……と、幸せを思い浮かべてみた。
チョークが黒板を叩く音と、シャープペンシルがノートを掠る音、
皆が勉学に励む中、妄想に一生懸命なのが田上結衣という片思いに必死な女の子だ。