揺らぐ幻影

近藤洋平を近藤洋平だと認知してから、

結衣の中で彼はいつもふにゃりとした寝癖風パーマが可愛いニュアンスヘアだった。

真っ直ぐに伸ばした髪だと、明日はどんな違った顔を見せてくれるのだろうか。

想像しただけで赤い唇から白い歯が覗き、

ニヤニヤする自分にぞっとし、思わず口をすぼめたくらいだ。

気味が悪いくらい結衣は近藤が好きで好きでどうしようもないらしい。


《そんなことないって。 黒髪でも似合うしストレートもかっこいいし》

言葉のバリエーションは乏しいけれど、一生懸命打っていた。

こんな内容は面白みに欠け、またわざとらしいヨイショな感じが恥ずかしかったけれど、

近藤がかっこいいことは事実で、だから真実を述べただけで含みなんかゼロだ。

そう言い聞かせて、小悪魔なメールを普通の社交辞令メールだと洗脳させる。


《それはそれは自意識過剰になっときます笑。てか田上さん髪くるくる。カーリー》

受信メールを見た瞬間、ドキンと音が聞こえた。
恋愛脳の結衣には確かに左胸から音が聞こえた。


近藤のメールを黙読すると、同時に頭の中で彼がメールを読んでいる。

よくドラマで手紙を読み出す主人公の声が差出人の語りに変化する感じに似ている。

お花畑の世界に彼の方から歩いてきてくれたように錯覚してしまいそう。


とりとめのないメールをするようになってからというもの、

落ち着かない気持ちを抑えようと春を待った薄い水色の毛布を両手でいじるので、

随分とくたびれて起毛が悪くなったように思う。

こんな風に片思いの細胞が部屋の色んな場所に生まれるのだろう。

幸せを探したら全部の家具に意味をつけることができる結衣だ。


無意識に恋愛ビギナーの少女が送ったのは、《ストレートヘアと巻き髪どっちが好き?》という質問内容だ。


少し前にクイズ番組がブームになったとはいえ、さすがにこの二者択一は難問過ぎるだろう。

なぜなら、結衣が恋をしている状況の今、

どちらを答えようが近藤には得がなく、リスクしかないのだから――……

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