揺らぐ幻影

おはようを市井や愛美とごちゃまぜに交わしている内に、

片思い代表の結衣は、ターゲットである少年の歩みを止めるために足元を指差した。


「見て、これめっちゃ面白いよ」

安っぽい効果音を続けてひたすら孤を描くソレ。
わざわざバス三つ分先の駄菓子屋まで探して購入したソレ。


「あはは、なに昭和? 懐かし、ウケるなこれ、これ小学校で持ち込み禁止令出たわ確か」

好きな人が無防備にくったくなく笑うと効果てき面、

即効でかあっと結衣の白い皮膚が赤に染まる。

風邪を引いたみたいに耳の中が熱くて、白目の中も熱を持ち潤む。


ドキドキドキドキ、しつこいくらいドキドキドキドキした。

普段クラブ系の曲なんて聞かないけれど、このハートは何ビートなのだろうか。


メールに書いてあった通り、元々黒に近い近藤の髪には露骨なまでに色戻しスプレーが振りかけてあるせいで、

安いウィッグみたいな不自然に黒光りしていて、

ふわふわのパーマを必死で伸ばした分、長くなったのを調整するようアメピンで少しまとめており、

普段と全くイメージが異なっている。

いつもはオシャレでゆるめのカジュアルな印象だが、

見下ろす形になっている彼は、飾らない真のオシャレ通といった風貌だ。

なんて、ひいき目なので信憑性に欠けるのは言うまでもない。


  まつ毛、長……

そこまで背が高くない近藤を、それでも見下ろすのは初めてで、

頭のてっぺんが見えるだけで新たな発見をしたかのような幸せな気持ちになれる。


踊り場に差し込む光が、窓の形の絵を床に描く。

蛍光灯に勝る自然な白い筋はオーロラのように美しく、正に幻想的だ。


絶景と言う単語が頭に浮かんだ。

しかし、日常生活を送る中で景色を味わうほど情緒豊かではない証拠に、

道端の草花とか夜空とか山とかを、まず眺めなかった結果か、

説明しろと問われたら、雰囲気のみの発言なので全くロマンチスト気質はない結衣だが、

初恋真っ最中に限りメルヘンものさしになっちゃうみたいだ。

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