揺らぐ幻影
どうして結衣は皆が憧れる市井ではなく、二番手扱いされているショボイ近藤に恋をしているのだろうか。
頭の中に淡い疑問が浮かんだ時、
「これ貸して?」と、考え事の片割れの声がし、
ようやくこちら側の世界に戻る。
「あ、うん、全然。後で返して?、返却口は窓ですから、あはは」
嬉しそうに蛇腹を広げる市井は、
周りを統治する威厳ある王様よりも、皆から愛され人望がある王子様と言った言葉が似合う気がした。
こんな風に眼中にない男子のことなら簡単にたくさん分かるのに、
近藤のことなんてやっぱりあんまり知らないし、詳しく予測も出来ない。
もっと知りたいし、それと同じ分、彼にも自分を知ってもらいたいと結衣は思う。
風の噂で聞いた田上結衣が幻滅されないよう、気合いを入れて毎日を頑張りたい。
一段歩みを進めた近藤はたちまち見上げる高さになる。
隠しピンで上げられた黒い髪が、特徴的な彼の寄り目を強調させている。
前に立った耳がピコピコ動きそうで可愛い。
「お前ら幼稚ー食いつかない俺って大人」と笑う好きな人の後ろを、
結衣は降りていた癖に爪先を回転させ、自然に追いかけていた。
もちろん愛美が背中を小突いて合図をくれたお陰なのだけれど。
「でも近藤くん実は興味津々じゃん? 帰りに駄菓子屋ハシゴするんでしょ? あれあんま売ってないよ」
「いやいや、俺は知性ある人だからそんなモンに食いつきません。しかも帰りは日課となった県立図書館に行きますけど?」
嘘だけどと近藤が付け足し、愛美がうざいとツッコむ。
このくだらない会話のやりとり、中身のかけあい、笑いのクオリティーが低いキャッチボールが結衣は愛おしい。
すごい、
なんか、……嘘みたい
これこそが高校生のノリであり、仲良しならではの空気感なのだ。
そう、冗談が許されることこそが、二人の距離が近づいた証拠だと結衣は考えている。
なぜなら、波長が合わない人にはジョークは通じず、笑声があがらないせいだ。
つまり、今ここに居る四人が顔を歪めて爆笑しているということは、
きっと特別な忘れたらいけない出来事だと信じたい。