揺らぐ幻影
可哀相な結衣に泣いているんじゃないか。
悩みの三つなんて嘘で一つじゃないか。
だから馬鹿者。
こんなビッチを誰が親友にしたがる――なんてほら、それさえ自身のために泣いているんじゃないか。
今の結衣が謝ろうが泣こうが悔やもうが、早い話愛美には届かない。
なぜなら、馬鹿者代表の結衣とは違い、彼女はとってもお利口さんで、
友人に讒言や反省を求めておらず、『頑張ってほしい』と願っており、
ぽこりんという今時誰も名付けないようなあだ名の少年、近藤洋平と付き合えるように応援しているだけで、
望むのは、『頑張って』ということで、
それを『里緒菜には言ったのになんでアタシには……』と、
悲しくなってしまうのは極悪女Y.Tの我が儘だ。
――でも、だって。
言い訳や言い分は口にしない方が潔い。
人として素敵な器量の度合いが試される瞬間は、
理不尽だとしても主張したいことを飲み込み、黙る時だ。
そして、次の機会に結果を出すのが、大人と呼ばれる人たちの美学で、
結衣がどんなに彼らになりたくても、ギャル同様に決めるのは他者だと思う。
ハタチで成人してようが、十代で税金を払おうが、未成年で立派に子育てしようが、
非常識なのに還暦過ぎてようが、中学生で世に貢献してようが、
本物の大人と決めるのは社会における関係から作り上げられるものだ。
ごめんなさいと呟いた。
誰に向けてなのか分からない。
携帯電話の待受画面は三人組。
里緒菜だって愛美と同ラインで大事なのだけれど、一ミリ差があった。
仲間なのに汚い感情は何なのか。
手作りチョコのレシピ本をくれたのは誰?
バレンタイン神社に付き合ってくれたのは誰?
登校時間を偵察してくれたのは誰?
朝一番、教室に居てくれたのは誰?
里緒菜じゃないか。
これが女の子の本当の泥沼呪縛。
罵声を浴びせたり出し抜いたり、教室での意地悪なんてハラハラする修羅場はない。
喜劇を巻き起こすのは自分自身だ。
それはバレンタインにあげたチョコレートチーズケーキの生地に似ていたのかもしれないし、
今日のような気味が悪い夜空にそっくりだったのかもしれない。